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前庭

ヒトにはバランスを保つための平衡覚があります。バランスのセンサとして鍵となるのは三半規管および耳石器と呼ばれる平衡器官であり、共に内耳にあります。

ヒトは容易に立位を保持できますが、これは細い棒が立ち続けるのと同じで、実はとても難しいことなのです。みなさまは、小学校で、掃除の時間に手のひらの上にほうきを逆さまにして立て、ほうきが倒れないようにバランスをとる遊びをしたことがあると思います。

ほうきを持った手を動かさなければほうきはすぐに倒れてしまいますので、ほうきが倒れないようにうまく手を動かす必要があります。ほうきがどの方向に倒れているかを目で見て【入力】、それを脳で解釈し、ほうきが倒れないように手を巧妙に動かしているのです【出力】。立位というのは、この手のひらの上に乗ったほうきと同じで、極めて不安定な姿勢ですので、立位を保持するために、今どのように傾いているのかをモニタリングし【入力】、倒れないように足や体幹の筋肉を緊張させているのです【出力】。ここでは、足や体幹の筋肉をどのように制御すべきかを意識することはありません。つまり、この【入力】と【出力】を制御する“反射”としての「平衡機能」が備わっているのです。ヒトには、歩く、走る、飛ぶといったような複雑な動きさえも、必要な体幹や手足の筋肉の緊張を意識することなく行える高度な平衡機能があります。入力を司るのは内耳の平衡器官ですので、その重要性がおわかりいただけると思います。

平衡覚の研究には、【入力】である計測データから【出力】である動的モデルを構築するために数学的ツールや制御工学による解析手法を使うことがありますので、従来の医科研究にとらわれることなく、工学、理学、情報学などの幅広い分野の研究者が一緒になって議論を重ね、新しいアプローチで進めていく必要があります。

 メニエール病をはじめとする内耳の病気により平衡器官が障害されると、【入力】情報が誤ってしまいますので、適切に【出力】することができません。すると、バランス感覚を崩し、めまい症状が生じます。また、加齢により平衡器官の働きが悪くなる結果、80 歳以上の 85% で平衡覚の異常を認めたという報告もあります。めまい症状を主とする疾患への治療としては、薬物治療、手術治療、理学療法、心理療法などさまざまなものがあります。しかし、実感として有効な治療法は乏しいのが現状です。また、長い間、新薬もなく、その一刻も早い開発が喫緊の課題です。

 平衡覚を操作する仮想現実(VR)は、バーチャルジェットコースターの中ですでに実用化されています。現実のジェットコースターが前方に加速する際、後方への慣性力が働きます。これを平衡器官の一つである耳石器が感知し、前方に加速しているという感覚が生じます。バーチャルジェットコースターでは、椅子を後方に傾斜させ、その際に働く慣性力により耳石器を刺激することにより、前方に加速している、という仮想の感覚を生じさせているのです。このように、VRを使って何百メートルにもおよぶジェットコースターの加速感を、椅子があるだけの狭い空間で再現させることができます。めまい患者さんは平衡障害のため、人込みの中や車が行きかう狭い路地などを歩くことがしばしばできません。その症状を、VRの利用により治すトレーニング機器の登場が待ち望まれます。

 このように、平衡覚の研究は、医学・医療のみならず、これからは多彩な業種にますます強く関わっていくことになります。本ワーキンググループでは、さまざまな産業界の方々に、基礎・臨床のアカデミアが協力させていただき、平衡覚を軸とした日本発の研究や機器・製品の開発を推進していくことを目指します。

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